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斑尾高原のあゆみ

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▲開発当時の斑尾高原

昭和39年に東京オリンピックが開催され、驚異的な高度成長を遂げた日本経済の陰で、長野県の最北端に位置する飯山市は深刻な過疎問題を抱えていました。飯山市の西方に位置する斑尾山麓の開発計画が、どこからともなく持ち上がったのはちょうどその頃でした。   昭和42年5月に、住民と飯山市が協力して斑尾開発を進めていくという目的で、「斑尾高原開発促進期成同盟」が発足し、同年10月には、長野県企業局により、住民と行政が一致協力して観光開発にあたる「菅平方式」による観光開発が表明されたのでした。 飯山市内からの12kmにもおよぶ取り付け道路の難工事をはじめ、市町村や県という行政区の違いから生じるさまざまな問題などの大きな壁を越え、いよいよ昭和47年12月1日、ホテル1棟とペンション7軒、そして斑尾高原スキー場がオープンしたのでした。 全国的なペンションブームの中、宿泊施設の数も大幅に増え、夏のテニスに冬のスキーという斑尾高原のイメージは、定着していきました。そして、10年後の昭和57年には、世界的なビッグイベントとも言える「第1回ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾」が開催され、今でも多くのファンに語り継がれています。昭和63年には、フリースタイルワールドカップが開催され、モーグルスキーの草分け的スキー場となりました。また、多種多様なニーズに応えるべく、さまざまなアウトドアスポーツが体験できるスポーツリゾートとしての設備も整ってきました。

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▲現在の斑尾高原

そして、変革の時代を迎えた今、斑尾高原も新たなるスタートを切ろうとしています。10年ほど前から整備が進められてきた、総延長約50kmもの「斑尾高原トレッキングトレイル」が完成しました。3つの山頂に、3つの湿原、そして4つの池・沼と点在するブナの原生林を結ぶコースは、ペンションビレッジから全く車道を通らずに歩くことができる回遊性のあるもので、レベルや時間に合わせてコースを選ぶことができます。また斑尾高原は長野・新潟県境を歩く全長80kmロングトレイル「信越トレイル」の起点にもなっています。さらに、平成15年には、「まだらお高原 山の家」がオープンし、斑尾高原のビジターセンターとして、また、さまざまな自然体験を提供する施設として、新たな魅力の発見をお手伝いする場となりました。 また近年では、整備の行き届いたトレイルを利用し、斑尾山麓の豊かな自然を満喫できる「トレイルランニング」や「森林セラピー」といったメニューも、時代のニーズとともに脚光を浴び始めてきています。